2011年12月1日木曜日
2011年11月20日日曜日
二世ガンバレ
中和文化祭で二世のスピーチを聞いた。二世に共通の葛藤ーーーなぜ自分は二世として生きなければならないかーーーこれを乗り越えるには、結局、神様(の愛)を実感する時があるのだなぁと感じた。自分の意志でこの道を選んだ我々には、後戻りしたくないという思いがある。しかし、最初から二世として育てられてきた(見られてきた)者の気持ちは我々には経験のない世界である。だから二世を愛し、見守り、神との出会いの場を準備してあげるしかないのか?それでいいんだろうか?ーーー親は親で葛藤するーーーうん!やっぱり家族だ!真の愛を中心とした真の家庭だ!
2011年11月18日金曜日
もしも自分(あなた)が神様だったら
もしも自分が(全知全能の)神で人類を創造するとしたら、ただ自分の命令通りに動く人間を創るだろうか?原型となる肉身は創るとしても、ーーー人間たちが自分の自由意志で善人として成長して罪のない人類一家族のような平和な世界を創るのを見守りたいーーーと考えるのが自然ではないか。そのためには、人間が成長する期間が必要であり、その時は神様も直接干渉できない。だから人類始祖が神の願いに反して堕落してしまい、その後も悪の血統を繁殖させてきたために、神様が創造なさったにもかかわらず悪と罪がなくならない世の中になってしまった、、、。そのような人類を深い悲しみの中でご覧になっていた神様が実在するとしたら、、、。
2011年11月17日木曜日
共産主義を超えた思想との出会い
自分は学生時代に知った『共産主義』が正しいと思っていた(共産党員として活動していたのは2年間だけ)。だから『統一原理』と出会った時は「やっと共産主義の呪縛から解放された!」という感動を感じた。それが自分と統一教会の関わりの出発点だった(宗教団体ではあるけど内容は論理的な思想に基ずいているため宗教らしくないのも良かった)。信仰生活の難しさや自分の足らなさはいつも感じるものの、統一原n理の思想(理論)としての正しさは学んでいくほど確信が深まる。しかも、今の世の中を理想社会にしようという『運動』そのものなので、自分が参加していることにも誇りを感じる。ーーー神様から与えられたチャンスを自分の自由意志で選んだ道ーーーだというところに価値があると思っています。
2011年11月14日月曜日
俺はもっとやれる!
「自分は今よりもっとやれる」と信じて努力を続ければ絶対に成功できる。人と同じ時間の中で比べれば非効率的だと思えることでも、他人が何もしていない時にやればプラスαになるーーーあるアスリートの特番を見ていて、ふと「これって誰にでも当てはまるじゃないかなぁ、、、」と思った。しかし、それを実行するのがトップアスーリートであり成功者ということか。そうでない者との違いは何か?明確な目標とモチベーションを保つための強い意志、これを持てるかどうかーーー素質は関係無い、みんな平等にチャンスが与えられている、さらに自分の使命を感じるーーー俺はもっとやれる!
2011年11月11日金曜日
2011年11月3日木曜日
ボランティア
海岸清掃ボランティアに参加した。今年は原発事故の影響で人出が少なくてゴミは目立たなかったが、50人で小一時間拾ったらけっこう集まった。綺麗にするいういう行為は無条件に楽しい!それは誰もが汚い物より綺麗なものを願っている事に確信がある、つまり、人のために役立っているということに疑いがないからではないか。同時に、綺麗にしたいという人間の本心に反してゴミをポイ捨てする行為も無くならないという矛盾を感じる。(いくらゴミ捨て防止の規則を作っても解決しないでしょう) 本心に従って生きるということが簡単では無い世の中で、もがき苦しんできた我々を救おうとされている神様がおられるとしたら、、、。その声を聞こうとする姿勢がとても大切なことのような気がするのです。
2011年10月25日火曜日
アリ塚の風景(想いで話)
二十数年前、南米のパラグアイという国で3年間過ごした。就職先がなかなか見つからず、青年海外協力隊に応募して任地となり(各国から職種を指定して募集があるので、自分で行き先を決めれない)、日本から派遣されたボランティアとして現地の農学校で教えていた。現地人も相当の技術力はもっているし、自分は実社会経験がなかったので、何かを教えたと言うより『良い体験をさせてもらった』と思ってる。バスで移動する風景の中に必ずアリ塚があった。けっこう大きくて草原の地面からニョキニョキ出ていた。とても硬くて素手では壊せないし、穴を開けるとすぐにアリがゾロゾロ出てきて修復してしまうのをずっと見ていて飽きなかった。発展途上国とは言っても飢えているわけでもなく、みんなそれなりに働いて生活を楽しんでいるようだった。物があれば幸せというもんじゃないんだなァーと漠然と感じたことを憶えてる。
2011年10月24日月曜日
不義な満足感より良心の呵責
「自分一人の利益のために隣人を犠牲にするときに覚える不義な満足感よりも、その良心の呵責からくる苦痛の度合いの方がはるかに大きいということを悟るときには、決してその隣人を害することができない」【原理講論-総序より】よく『地球村』という言葉を聞くが、皆本心では人類は平等であるべきと考えている。罪のない世界=天国が、この地上に現実世界として建設されるためには、新しい真理が必要になる。この真理は神の啓示として我々の前に現れ、宗教の問題を含む根本問題を解くものでなければならない。地上天国が実現すれば、人類は兄弟となり国境も不要となるし、そもそも争う必要がなくなる、、、。もし、新しい真理がすでに再臨主によって明かされているとしたら、地上天国建設がもう始まっているとしたら、、、それをただ傍観するか、それとも同参するか、、、正に最後の審判なのではないでしょうか。
2011年10月23日日曜日
俗人と道人(総序より)
「肉身の快楽にふける俗人の喜びと、清貧を楽しむ道人の喜びとは、全く比べものにならない。」【原理講論-総序より】これは現代の物質文明社会の中で精神的豊かさが見直されていることと一致する。科学が発達しても人間の精神的欲求までも満たすことはできず、宗教も現実を離れ心霊的な喜びのために肉身の幸福を否定してきたが、無能化してしまった。よって、科学の対象は内的な原因的な本質の世界へとその次元を高めなければならない段階に入ってきている。また、宗教においても信ずるということは知ることなしにはあり得ないので、論理的で科学的なものでなければ、その目的を達成することはできない。「いつかは、科学を探し求めてきた宗教と、宗教を探し求めてきた科学とを、統一された一つの課題として解決することのできる、新しい真理が現れなければならないのである。」【原理講論-総序より】なんて壮大なロマンなのだろうか!
2011年10月20日木曜日
原理にはロマンがある
人は誰しも「真理」を求め、争いのない平和を願います。統一原理の核心は文鮮明師に啓示された内容であり、それは地上天国の実現のための新しい真理であるという。例えばそれは「すべての主義・思想・宗教を統一する真理でなければならない」とか「人生と宇宙に関する根本問題はそれを想像し給うた神がどのような方であられるかを知らない限り解くことができない」などスケールの大きさを感じざるを得ない。こんなにもワクワクする面白い内容を自分ももっと深く理解したいと特に最近思うようになりました。
2011年10月16日日曜日
自分の行くべき道
このブログを立ち上げたとき、自分用のものとして何か思いついたことを書き留めておいたり、自分の考えや想いをいつか家族に伝えるのに良いかなというぐらいの考えだった。ただしブログとして公開しているのでいつ誰に観られているかも知れないことは分かっていたし、ある程度投稿していると自分のメッセージを多くの人に伝えたいという想いが湧いてきました。そして、今日の聖日礼拝の説教を聞いて「これが自分の行くべき道」だと感じました。ですから今後はより多くの人に伝えるメッセージを投稿していきます。それが世界平和の実現を願う者としての、統一教会員としての、再臨主が今地上世界に生きていらっしゃることを知った者としての、『使命』だと感じるからです。
スマホと先入観
「スマホは使いこなせないから不要」という言い方が妙に気になった。例えば10という能力を持つ普通の携帯電話を90%使いこなしていれば9の能力を使っていることになる。でもスマートフォンに100の能力があれば10%しか使いこなせなくても10という能力が使えることになる。実際の能力を数値化したわけではないが、問題は「使いこなせるかどうか」ではなくて「どれだけの能力を使えるか」なのに「使いこなせなければ意味がない」という先入観のようなもので自分にブレーキをかけてしまうこと。ひょっとしたら無意識のうちに自分も先入観(もしくは変なこだわり)にとらわれて、大きなチャンスを生かせなかったことがあったかもしれない。これからは自分の成すべきことに向かって純粋な気持ちで、ひたむきに進んで行きたいものだ。
2011年10月13日木曜日
2011年10月5日水曜日
祖父の写真
18年前、祖母の葬式が終わってタンスの遺品から出てきたのが祖父の写真だった。初めて見た「おじいちゃん」は戦争に出兵する時のような銃剣を持って立っている写真だった。それから10年後、その写真を捜して本家を訪ねたが、知らないとのこと、祖母の遺影をコピーさせて貰おうと額から出したら祖父の写真が裏に入っていた。(あの時叔父さんが入れたのだろう)何か劇的な出会いの様な感じがした。よく見ると自分に似ている、、、「良く見つけてくれたなっ」と言われた様な気がした。今のところ祖父から受け継いだ(自分の)苗字を継ぐ男子は親戚の中で我が子だけだ。自分が氏族(先祖供養)に責任を与えられていると考えて、襟を正していきたいものだ。
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2011年9月30日金曜日
TOEICの記事に思う
「郵便配達員が2年でTOEIC980点」というニュースにショックを受けた!実は自分も会社の方針で半年に一度TOEICを受験している。社内基準点はクリアしていて少しづつスコアも上がっていることに何となく満足していたのだが、、、。彼は高い目標に【挑戦】し、その為の努力を2年間続ける事で【勝利】した。それに比べて自分は何かやることが中途半端で、どこかで妥協していたように感じる。何事もやるからには徹底的に、ひたむきに、一心不乱に、、、やる所に【勝利】が与えられるのか。
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2011年9月28日水曜日
IT時代に想う
自分が「パソコン」という言葉を初めて聞いたのは学生の時だった。工学部の友人がMZ80という初期のパソコン(記憶媒体はカセットテープ)を持っていて、雑誌に載っているゲームのプログラムを打ち込んでいた想い出がある。今では子供達もネットにつながっている時代になって、少なくとも我々が経験したことの無い青少年期を謳歌している(?)氾濫する情報の中から真実を見つけるのは容易なことではないが、世界が一つになる為のインフラがやっと用意された、、、と考えたい。だから取るに足らない自分でも何かを発信する事が大切なのではないか。それが出発となりー情報は発信するところに集まるのでー今の時代に自分の出来ることが徐々に明確になって行く様な気がする。
2011年9月24日土曜日
2011年9月23日金曜日
2011年9月20日火曜日
2011年9月18日日曜日
2011年9月14日水曜日
2011年9月6日火曜日
ALWAYSで泣けた
映画「ALWAYS三丁目の夕日」を観て泣けた。古き良き日の情景の中に深い愛を感じさせられて感動を覚えたのだった。昭和30年代前半の人情にあふれる下町が舞台だったが、根底にあるには愛であり、特に親子の愛、憎まれても相手のために堪える本当の愛というものを感じた。愛を最高に深めていったのが真の愛ということか!自分はまだ神様から愛されているということに気がついていないのでは⁉
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2011年8月30日火曜日
2011年8月10日水曜日
2011年8月9日火曜日
2011年7月27日水曜日
2011年7月26日火曜日
2011年7月25日月曜日
2011年7月20日水曜日
課長と婦人部長
去年までは名ばかりだったけど、今年から課長らしい仕事をせざるを得なくなった。自分は営業部門の課長として毎月の販売数字に責任のある立場ですが、その責任の重さを最近感じるようになった。どんな組織にも予算があって、極端に言えばその通りに決算しなければ組織として成り立たないのです。そのことに責任を持っているのが管理職で一番現場に近いのが課長なのです。毎月毎月数字に追われ、締日には胃が痛くなるけど俺たちが会社を支えているという自負心がある!これってあの「婦人部長」と似てる⁈
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2011年7月11日月曜日
2011年7月5日火曜日
2011年7月2日土曜日
平和な世界
おそらく、地球上の大多数の人々が「平和な世界」を望んでいることは間違いないでしょう。しかしそれが実現困難だと誰もが感じていることでしょう。国連にはもはや紛争を解決する力は無く、自国の利益を優先せざるを得ない政治家も平和な世界を実現するのは不可能と言わざるを得ない。『地球は一家、人類はみな兄弟』となればすべて解決するのに、、、。つまり、宗教の力ーーーそれも観念的なものではない論理的で科学とも対立する事のない新しい真理を持った宗教ーーーによって「平和な世界」は初めて実現するでしょう。
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鳥越俊太郎のTVドキュメント
2011年6月30日放送のドキュメンタリーに感動。ジャーナリスト鳥越俊太郎が大腸ガンと闘いながら現場取材を続ける生き様、、、、数回の手術もガンと付き合う生き方とし、むしろガンになったおかげで残りの人生を濃く生きることが出来ていると語っていた。
前向きな気持ちが素晴らしい。それは自身の使命を強力に感じているからではないかと思われた。残りの人生をどう生きるかを突き詰めた時、自然とガンと付き合う生き方が見えてきた様で、特に気負ったところがないのが凄い。
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前向きな気持ちが素晴らしい。それは自身の使命を強力に感じているからではないかと思われた。残りの人生をどう生きるかを突き詰めた時、自然とガンと付き合う生き方が見えてきた様で、特に気負ったところがないのが凄い。
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2011年6月17日金曜日
2011年6月1日水曜日
国際結婚が進めば、、、
国際結婚がもっともっと増えて普通になれば、単純に考えて国際紛争や宗教・宗派間の争いは無くなるのではないだろうか。ただ、文化・宗教の壁を超えるには相互理解と平準化が進まなければならないだろう。その点では、神様の基に国境撤廃や人類皆兄弟姉妹を掲げ、国際合同結婚式や宗教間の交流を実行している「世界基督教統一神霊教会」の目指す方向は、全ての人の願いに合致していると思う。
2011年5月16日月曜日
「シンプルに生きる」
「断捨離」に近い内容。タイトルがそれこそシンプルなのが分かりやすくて良い。特に残ったのが食事の話で、普段必要以上に食べ過ぎているのではー本来空腹になった分だけを食べればいいのに、習慣で食べてしまってはいないかーという指摘。食べるべき必要量は自分の身体に聴けば分かるはずが、それを無視して生活してしまってる!?ウーン、そうかもしれない、、、。
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