18年前、祖母の葬式が終わってタンスの遺品から出てきたのが祖父の写真だった。初めて見た「おじいちゃん」は戦争に出兵する時のような銃剣を持って立っている写真だった。それから10年後、その写真を捜して本家を訪ねたが、知らないとのこと、祖母の遺影をコピーさせて貰おうと額から出したら祖父の写真が裏に入っていた。(あの時叔父さんが入れたのだろう)何か劇的な出会いの様な感じがした。よく見ると自分に似ている、、、「良く見つけてくれたなっ」と言われた様な気がした。今のところ祖父から受け継いだ(自分の)苗字を継ぐ男子は親戚の中で我が子だけだ。自分が氏族(先祖供養)に責任を与えられていると考えて、襟を正していきたいものだ。
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2011年9月30日金曜日
TOEICの記事に思う
「郵便配達員が2年でTOEIC980点」というニュースにショックを受けた!実は自分も会社の方針で半年に一度TOEICを受験している。社内基準点はクリアしていて少しづつスコアも上がっていることに何となく満足していたのだが、、、。彼は高い目標に【挑戦】し、その為の努力を2年間続ける事で【勝利】した。それに比べて自分は何かやることが中途半端で、どこかで妥協していたように感じる。何事もやるからには徹底的に、ひたむきに、一心不乱に、、、やる所に【勝利】が与えられるのか。
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2011年9月28日水曜日
IT時代に想う
自分が「パソコン」という言葉を初めて聞いたのは学生の時だった。工学部の友人がMZ80という初期のパソコン(記憶媒体はカセットテープ)を持っていて、雑誌に載っているゲームのプログラムを打ち込んでいた想い出がある。今では子供達もネットにつながっている時代になって、少なくとも我々が経験したことの無い青少年期を謳歌している(?)氾濫する情報の中から真実を見つけるのは容易なことではないが、世界が一つになる為のインフラがやっと用意された、、、と考えたい。だから取るに足らない自分でも何かを発信する事が大切なのではないか。それが出発となりー情報は発信するところに集まるのでー今の時代に自分の出来ることが徐々に明確になって行く様な気がする。
2011年9月24日土曜日
2011年9月23日金曜日
2011年9月20日火曜日
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