2016年11月13日日曜日

『赦し』

「赦せ、愛せ、団結せよ」アボジがウォーターゲート事件の頃アメリカに送ったメッセージだ。『赦す』というのは凄いことだと思う。誤ちが明らかになっている状況で、批判するのではなく、『赦す』には相手の事情(心情的背景)を理解してあげて、さらに尽くすという姿勢が無ければできないのでは。批判するのは簡単だし、気分が良いが、、、愛は無いな、、、。怨讐を愛することができれば赦せるのか、、、。

病院にあったユリの花

病室にユリの花があった。「ミエちゃんが好きなユリの花を置いていきます。」とメッセージカードが添えられていた。俺は美枝子に「ユリの花の匂い=祈祷室なんだよなぁ」と言ったことがある。でも、美枝子の好きな花なんて知らなかった、、、。俺は美枝子に好きな花も聞いたことがなかったってことか、、、。俺の愛し方が足りなかったから、少しだけ美枝子を世話する時間を与えられたんだなァきっと、、、。

2016年11月3日木曜日

「器が小さい」?

TVドラマのワンシーンにハッとなった!「私こう思ったの(他人を妬む気持ちを告白)、私ってなんて器が小さいんだろう」と自虐するセリフに対して「違います!器が小さいと自覚できるのは、素晴らしいことなのです。」というセリフが続いた。何か心に残ったシーンだった。

ママが入院した

  滅多に使っていなかった家のカギ、今は毎日2回使ってる。玄関で待っているのはネコ。二人の息子たちはそれぞれ大学生の一人暮らし。仕事帰りに1時間ほど病院に寄るのが日課になった。ママ(美枝子)は意識はあるものの認知できない状態。寝たきりで点滴のみで生かされている。でも、声をかけると一瞬目を開けて笑顔を見せてくれる。それが実に良い。誰か見舞った人が「今まで見たことない笑顔だったよ」と言ってくれた。まさに『幼な子』のような素敵な笑顔なのです。
 もし意識がはっきりしていたら、本人も周りも深刻な顔になっていたかもしれない。 突然霊界に行っちゃったら本人も家族もさぞかし無念だろう。自分が美枝子を愛し足りない分、世話をする時間を与えてくれたのが神様の配慮なのだろうと思う。

2015年1月11日日曜日

書評「世界の大富豪2000人がこっそり教えてくれtこと」

これからの自分の人生を考えた時、それは「本当にやりたいことをやる」ことであり、そのための具体的な計画を立てて実行することである。
 2012年頃、ある食口のブログがきっかけになって、それまで考えたこともない投資関連の本を読み始めてから今に至るまで、自分の想いがだんだん型になってきていると思う。何をやるにしても資金は必要になるので、そこをクリアしなければ先に進めない現実の中で、やっと突破口を見つけた段階だが、、、。
 大富豪を目指す訳では無いが、彼らの思考や生き様には学ぶべきことが多い。その中に「神様は、誰かほかの人の口を借りて必要なことを教えてくれる」「誰かを喜ばせる為に行動する」「家族、先祖を大切にする」など、み旨に共通する部分がある事を発見しました。

 

2015年1月5日月曜日

皆んな苦労してる

我々は崇高な使命を担っていることを自負している団体である。よって一般論では非常識と思われる献金も出来るが、そのために経済的に苦労している兄弟姉妹家庭が多くいるのも事実である。これ自体が信仰の証しでもあるが、出来ればなんとかしたい。だから俺は金持ちになってみんなの負担を軽減させたい。そして食口の雇用の場を提供したい。本気で考えてる。

自分が楽しい事?

 自分が楽しい事、好きなことってなんだろう?案外思いつかないが、潜在意識を探るように考えてみると、、、。
・高校の受験勉強していた時、インターチェンジ(道路の立体交差)の平面図を夢中で描いたことがあった。「都市計画」というキーワードに興味があった。
・小学校高学年の頃、学習図鑑の様なものに中で、算数(鶴亀算のような算術的なもの)に興味を持っていた。
・同じ頃学校で「地図あて」をして遊ぶのが好きだった。
・初めて「世界地図」を見せられて父親に「ロンドンは何処だ?」と問われたことを覚えている。
・中学生の頃親から聞き取って「家系図」を書いた紙(ボロボロの西洋紙)をずっと持っていて、おばあちゃんの葬式の時パソコンで作った家系図を親戚に配って喜ばれた。
・学生の頃の一人旅の想い出(ワクワク感)が今も残っている。
・外国の地に初めて降りた瞬間の思いが忘れられない。
・おじいちゃんの唯一の写真が行方不明になっていたのを、長男の遺影の中に偶然見つけた事が偶然ではない何かを感じる。
・青年海外協力隊の語学訓練の時、クラスメイトに分かり易く教えてあげて感謝された。
・学生運動やってた時立て看板を描いたり、機関紙の様なものを書くのが得意だった。
・ギター弾いてかぐや姫もどきをやってた。
・うたごえ合唱団にいた。
・山口の妻の実家に夏休みに行った時、ヤスを持って海の中を覗いたのが一番楽しかった!(未知の世界を体験)

⭕️キーワード= 算数、地図、卓球、バレーボール、バドミントン、アウトドア、囲碁、百人一首、子供会、自治会、共産主義、農機、工作機械操作、教育、旅、サッカー、ギター、聖歌、、、

俺は運が良い

・昨年4月に転籍(親会社を退職して出向先の子会社 の社員となる。選択の余地はない)となった為、年収が3割減に!ところが、その直前に6年前に債務整理して残っていた債務の返済が終了したので手取り収入は変わらずに済んだ‼︎ しかも、大学生と高校生の子供がいて妻の抗がん剤治療の費用を捻出するのに家計が赤字だったのが退職金で何とかなった!(もし60歳定年だったら今の生活が破綻したかも知れない)ーーーだから俺は運が良い❗️

2014年10月4日土曜日

責任と恵み

ある食口から「今の教会には相対出来ない」と言われてショックだった。と同時に、今の自分がもし壮年部長という立場で無かったら、同じように考えていたかもしれない、、、。そうか!だから俺は壮年部長なのだ。「お前は放っておいたら離れてしまうから壮年部長にしてやったんだよ」というアボジの声が聞こえてきたような気がした。逃げ道のない立場を与えられたことは恵みなのですねェ。俺は愛されているぞーっ!

2014年5月10日土曜日

神が実在と戦争がなくならない理由

『神様が実在するのなら、なぜ戦争(紛争)が無くならないのか』
この思いが無神論・神の存在の否定につながるし、自分が共産主義を信じていた頃も「神とは自助努力を放棄した弱い人間がすがるもの」「時の為政者が民衆を支配するために利用してきたもの」という理屈を持っていた。しかし統一原理では明確に説明できる。「原理講論の堕落論の第6節に明記してあるのです。神様がいるのに、なぜ戦争が無くならないか-----この命題に明確に回答できるということ--------これは物凄いことだ!ということを思い出した。

2014年4月14日月曜日

入堂式

昨日は我が水戸教会の移転後初の礼拝=入堂式があった。この間のみんなの苦労を思い出して、けっこう泣けた(歳のせいか最近涙もろくなったが、、、) ということは、自分なりに少しは精誠を捧げたかな(引越しのお手伝いできたかな)と思う。そうでなければ涙なんか出ないではないか、、、。入堂式の後の餅つきに多くの人が群がっていたのが、これから多くの人が集まる教会へ発展していけることを暗示しているようだった!

2014年4月9日水曜日

主人意識

最近気に入っている言葉が「主人意識(を持とう)」でした。人任せにしない、自分が変われば、、、など家庭にも仕事にも活かせる一言。先日『人は皆誰かに主管されたがる』と感じたことがあって、これが人間の堕落性の一つかなどと思っていたのですが、「人は神様の願う通りに生きるべきなのに堕落して自分勝手になってしまった」というような内容の文字を見たときアレッ?と思った。神様に主管されたいと願うのが本来の人間の姿ではないか、、、すると『主人意識』というのは実践する時の話か?神の願い=善を実践するのは(今の世の中では)簡単なことではないので、主人意識を持って実践するところに神が働く(導かれる)ということか!

2014年3月24日月曜日

転籍

今日、大阪本社で転籍に関する手続をしてきた。現出向先への転籍なので仕事は今までと変わらない(転勤は無くなる)から一種のリストラみたいなものだが、年収3割減と言っても今転職したらもっと下がるし、55才で退職金を貰うというのも恵みと思う。なにせ、今からの5年間の教育費が大変だし、、、。考えてみれば、このタイミングは“導かれている”と言っていいかもしれない。それから家族全員が元気で動けるうちに何か想いでを創っておきたいなぁー。

2014年3月20日木曜日

お天道様

ラジオで何気なく聴いていた国会中継が面白かった。たしか三原じゅん子議員の質問の中で、「罪と恥の文化の違い(神様が見ているから罪を感じ、日本人は人が見ていなければ恥ではないとする)と言われるが(「菊と刀」で知られる)、日本にも「お天道様」という絶対的な概念があるではないか」という主張をしていた。なるほど、言われてみれば、、、日本(仏教圏?)にもキリスト教圏のように神様を畏敬する信仰生活があったということか。「恥の文化」という括り(?)にとらわれ過ぎていたような気がして、何だか良い気分⁉︎

2013年11月18日月曜日

中和文化祭

 中高生中和文化祭東日本大会を観る機会があった。泣けた、、、。特にスピーチ部門の優勝者の学校での伝道の証と、エンターテイメント優勝の隠れキリシタン殉教を題材にした演劇は感動的でした。その他にも二世として親との葛藤を乗り越えたテーマ、和をモチーフにしたダンスパフォーマンスなどレベルが高い分、訴える内容もシッカリ伝わってきた感じでした。我々も負けてられない!と思わされる底知れぬエネルギーのようなもの、活力をもらった気がします。

2013年11月9日土曜日

今の若者は日本語を正しく使えない

  部下と話をしていて、意思疎通出来ない原因に気が付いた。A君が「僕が◯◯へ行くことになっていたじゃないですか、、、」と言って来た。てっきり変更になった明日の予定のことだと思って「❌❌だろっ?」と言ったが、何か話が合わない。よく聞いたら、変更前の予定のことだったのだが、それには私は関わっていない(知らない)のに「ーーーじゃないですか」というから食い違っていた。この場合は、「◯◯へ行くことになっていたんですがーーー」と言ってくれれば、何も問題なかった。相手が知っている話かどうかで、言い回しを変えるという能力に欠けているのではなかろうか?でもこれが現実なのだから、理解してあげるべきか、、、。

2013年8月16日金曜日

「天地明察」

 随分久しぶりに文庫本を読んだ。(ここ数年はビジネス書ばかり読んでいたんだなァ、、、) 高校1年の息子が進路調査の時に、今は物理学と天文学に興味があるといったので、本屋に行った時目に付いた「天地明察」。(映画の公開前で、CMを見たことはあった) 数学や天文学の世界と江戸時代の文化的背景が描かれながら、主人公が人脈を生かして大事を成すという、爽快な小説だった。こういう本を読んで多くの若者(?)が刺激を受けるのを想像して、何だか嬉しくなった。

2013年6月27日木曜日

去年の夏から考えていたこと

何気なく見ていたブログ村で見つけたのが「祝福家庭が絶対服従のためにお金持ちになるブログ」だった。こんなことを考えている食口がいたのか!と衝撃を受けたのを覚えている。それから「金持ち父さん、貧乏父さん」という(有名な?)本を皮切りに、お金や生き方の本を読んでいる時期があった。ちょうどその頃、以前手術した癌の転移が見つかって動揺する妻と、受験生の子供2人いる大切な時期を考えて、単身赴任生活が続けられないと判断して、会社の上司にお願いして転勤(降格人事)させてもらった。そういう背景もあって、単なる副業では自由時間を減らすため意味はなく、『投資家』を目指すことにしたのです。

2013年6月24日月曜日

お金持ちになることにしました

正確に言うと、「投資家として高水準の収入を確保しながら拘束されない自由時間に本当にやりたいことをやる」という生き方を目指すことに決めました。

2013年2月26日火曜日

子供の受験に付添ました

子供の大学受験に親が付き添うなんて考えていなかったのですが、先生も勧めているそうだし、一人で行かせるには不安があったので、「自分が後悔しないために」と思って会社を一日半休んで仙台まで行ってきました。結果的には心配無用だったようですが、思ったよりシッカリしていた子供の姿に少し安心できたのを収穫としたい。もっとも4月から自活する(かもしれない)のだから、自然と自立を意識する時期なのでしょうが、、、。